『眠れる森の美女』は「王子が起こして終わり」ではない
『眠れる森の美女』は、糸車の針に触れた王女が百年眠り、王子の訪問によって目覚める物語として知られています。しかし、シャルル・ペローが1697年に刊行した「La belle au bois dormant」には、目覚めた後に二人の子どもが生まれ、王子の母親が家族を食べようとする後半があります。一方、グリム兄弟の1857年版『いばら姫(Dornröschen)』は、王子との結婚で幕を閉じます。よく知られた一場面だけでは、二つの作品の違いが見えてきません。
ペロー1697年版・前半のあらすじ|百年眠る王女
長く子どもに恵まれなかった王と王妃のもとに、娘が生まれます。祝宴では七人の妖精が招かれますが、招待されなかった年老いた妖精が現れ、王女は紡錘で手を刺して死ぬと予言します。まだ贈り物を告げていなかった若い妖精は、死を百年の眠りへと和らげます。王は国中の紡錘を禁じますが、十五、六歳になった王女は城の塔で糸を紡ぐ老人に出会い、手を刺して眠ってしまいます。
若い妖精は、王女が孤独に目覚めないよう城の人々も眠らせます。城は茂みと木々に囲まれ、百年が過ぎます。王子が城に入って王女の部屋にたどり着くと、ちょうど魔法の期限が満ち、姫は目を覚まします。二人は語り合い、結婚します。ここまでが、多くの人に親しまれた「百年の眠り」の筋です。
ペロー版で目覚めさせるのは王子のキスか?
1697年版の原文では、王子が眠る王女の傍らにひざまずくと、魔法が終わる時が来たため王女が目覚めます。王子がキスをしたから眠りが解けた、という筋ではありません。これに対してグリム1857年版では、王子が眠る『いばら姫』に口づけすると、姫は目を開けます。一般的な「王子のキス」という説明には、確かにグリム版に対応する部分がありますが、ペロー版の内容として無条件に使うことはできません。
ペロー版・後半のあらすじ|二人の子ども「暁」と「昼」
ペロー版の王子は、実家の王に結婚をすぐに知らせず、城を行き来して王女と暮らします。二人には、娘のオーロール(暁)と息子のジュール(昼)が生まれます。王子が結婚を隠すのは、母親が人食い鬼の血を引いており、子どもを食べたい衝動があると恐れていたためです。のちに父王が亡くなると王子は王となり、妻と子どもを公に迎えます。
ところが新しい王が戦争に出ると、王太后は二人の子どもを食べようとします。料理係は命令を実行できず、代わりに子羊や子ヤギの料理を差し出して子どもを隠します。王太后はさらに若い王妃を食べるよう命じますが、料理係は鹿の肉でごまかし、王妃と子どもたちをかくまいます。
ペロー版の最後|王太后は蛇のいる大桶に落ちる
家族が生きていることを知った王太后は怒り、蛇などのいる大桶を用意して王妃と子ども、料理係一家を投げ込もうとします。しかし王が予定より早く帰国します。計画が明るみに出そうになった王太后は自ら大桶へ飛び込み、獣に食い尽くされます。王は母親の死を悲しむものの、妻と子どもが無事だったことに慰められます。
この結末を「二人は結婚して幸せに暮らしました」とだけ要約すると、ペローが本文の後半に置いた家族への危機や料理係の救済行為を丸ごと落としてしまいます。児童向けの再話が悪いという意味ではなく、どの作品に基づくあらすじなのかを確認することが大切です。
グリム1857年版『いばら姫』のあらすじと結末
グリム『いばら姫』では、王妃に子どもの誕生を予告するのは蛙です。国には十三人の賢女がいますが、王には黄金の皿が十二枚しかなく、宴へ招くのは十二人。招かれなかった十三人目が、王女は十五歳で紡錘に刺されて死ぬと言い、まだ祝福を残していた十二人目が百年の眠りへと変えます。王女だけでなく王宮の人々や動物も眠り、城は茨に覆われます。
百年が過ぎて王子が城へ入ると、茨は花に変わり道を開きます。王子が王女にキスをすると、姫と城にいたすべての者が目覚めます。二人の結婚式が行われ、その後幸せに暮らすところで終わります。ペロー版の王太后による食人の企みは、このグリム1857年版の結末にはありません。
七人の妖精と十三人の賢女|招待から違う
ペロー版では祝宴に七人の妖精を招いたところ、長く姿を見せず死んだか魔法にかかったと思われていた年老いた妖精が現れます。金の食器が七人分しか用意されておらず、扱いを軽んじられたと感じたことが呪いの発端です。つまり七人に加えて招かれなかった一人が登場します。
グリム版は十三人の賢女がいるのに、黄金の皿が十二枚しかないため一人だけ招かれなかった、という説明です。数字を単に「妖精は七人だった」「十三人だった」と置き換えるのではなく、招かれなかった理由まで読み比べると、それぞれの物語の社会的な約束事が見えてきます。
ペローの教訓は結婚を百年待つこと?
ペロー版の末尾には韻文の「Moralité」が付いています。裕福で親切な夫を待つのは自然だが、眠りながら百年も待てる女性はいないだろう、と語り、結婚の幸福は遅れても損なわれないと述べつつ、自分にはそれを女性たちへ説く勇気がないと締めくくる、軽妙で皮肉な調子です。単純な「待っていれば必ず幸せになる」という断言ではありません。
この教訓を現代の結婚観へ直接当てはめることは避けるべきですが、物語の結末と語り手の冗談めいた距離感を知ることは、ペロー版をより豊かに読む助けになります。
同じ百年の眠り、違う物語の重心
ペロー版は眠りからの目覚めを折り返し点とし、結婚後の家族を人食いの王太后から守る後半に続きます。グリム版では百年の眠りと結婚が中心で、宮廷全体が目覚める場面が結末の見せ場です。この差は、単なる省略の違いではなく、作品を読むときに何を結末と見るかにも関わります。
救いの場面に注目するなら、ペロー版で料理係が命令に逆らって子どもと王妃を助ける行動も見逃せません。力のない人物が自分にできる方法で弱い者を守る展開として読むことができます。ただし、これは現代の読者による解釈であり、ペローが明示した教訓とは区別します。
まとめ|「キスで目覚めて終わり」とは言い切れない
『眠れる森の美女』と『いばら姫』は、紡錘による呪いと百年の眠りという基本構造を共有しています。しかし、ペロー1697年版ではキスで目覚めるとは書かれず、結婚後に子どもたちを狙う王太后の事件が続きます。グリム1857年版には王子のキスがあり、結婚式で物語が終わります。どちらかを唯一の「原作」として混同せず、版を明示して読み比べることが大切です。
確認した原典と参考資料
- ペロー「La belle au bois dormant」1697年刊フランス語本文:七人の妖精、百年の眠り、王太后、二人の子ども、結末、韻文の教訓を確認。
- グリム兄弟「Dornröschen」1857年版ドイツ語本文(KHM 50):十三人の賢女、王子のキス、結婚で終わる筋を確認。
- フランス国立図書館(BnF)『Histoires, ou Contes du temps passé』(1697年):ペロー版の出版書誌。
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