貧しい靴屋が革を裁断して眠ると、翌朝には靴が出来上がっている。こっそり助けてくれていた小人たちに、靴屋夫婦が小さな服と靴を贈る――『こびとのくつや』として知られる温かな物語です。ところが、グリム兄弟の原典を開くと、驚くことがあります。『こびとのくつや』として広く知られる話は、『Die Wichtelmänner(小人たち)』という一つの見出しの中に収められた3話のうち、最初の1話なのです。
残りの2話は、3日間の滞在から帰ると何年もの時間が過ぎていた女中の話と、人間の赤ん坊が別の存在と取り換えられるという不気味な伝承です。今回はグリム『子どもと家庭のメルヒェン集』の1812年初版と1857年最終版のドイツ語本文を比較し、靴屋の話の結末だけでなく、同じ番号の作品にどのような物語がまとめられているかを確かめます。
『こびとのくつや』とは|原題と作品番号
原題はドイツ語でDie Wichtelmänner。1812年の初版では「Von den Wichtelmännern」という見出しで、グリム童話の整理番号はKHM 39です。「靴屋と小人」「小人の靴屋」などの日本語題名は、3話のうち最初の靴屋の話を中心に紹介するときに使われます。
ここで重要なのは、収録されている話の単位です。1812年の初版本文にも、1857年の第7版本文にも、小人に関する3つの話が続けて置かれています。日本の児童書などで1話目だけを扱うこと自体は編集上の選択ですが、それをグリムのKHM39全体と同一視しない方が正確です。
1話目のあらすじ:靴屋はどうして助けられたのか
ある靴屋が貧しくなり、手元に残った材料は靴1足分の革だけになりました。靴屋はその革を裁断し、翌朝に縫い上げようと考えて眠ります。ところが翌朝、作業台にはきれいに仕上がった靴が置かれていました。
やって来た買い手は靴を気に入り、靴屋はそのお金で2足分の革を買います。次の夜にも、裁断しておいた革が朝になると完成した靴になっていました。今度は4足分を買うことができ、同じ出来事が繰り返されます。こうして靴屋の暮らしは次第によくなりました。
クリスマスが近づいたある夜、靴屋と妻は、誰が靴を作っているのか知りたいと思い、身を隠して見守ります。真夜中に現れたのは服を着ていない2人の小さな者でした。2人は驚くほど手際よく縫い、仕上げるといなくなります。
靴屋の妻は、小人たちが何も身につけていないことを気の毒に思い、お礼にシャツや上着、ズボンや靴下を作ることを提案します。靴屋も小さな靴を用意し、夫婦は作業台に贈り物を置きました。
結末:小人たちは服をもらって、なぜ来なくなったのか
次の真夜中、小人たちは革の代わりに置かれた服を見つけます。2人は大喜びで服を着て、踊りながら外へ出ていき、それ以来戻りません。それでも靴屋はその後も幸せに暮らし、仕事もうまくいったと原文には書かれています。
ここで「服を渡したために小人が怒った」と説明するのは、確認した両版の結末と合いません。小人は喜んで服を着て踊るのであって、怒りや不満が理由で去ったとは明記されていないのです。
1857年版では、服を着た小人たちが、もう自分たちは靴屋である必要がない、という趣旨を歌います。これは小人たちの台詞です。夫婦が十分な謝礼を払ったから業務委託が終了したという、現代的な契約関係の説明ではありません。
それまで手伝っていた2人が役目を終えたとも、服を得て別の暮らしに向かったとも読めます。しかし彼らが二度と戻らなかった本当の心理的理由まで、本文だけで一つに確定することはできません。
1812年初版と1857年最終版では、どこが違うのか
KHM39の靴屋の話は、1812年版でも1857年版でも、革が靴になる・小人を見つける・服を贈る・小人が去るという筋が共有されています。ただし、文章の長さや細部の説明には変更があります。
| 比較する点 | 1812年初版 | 1857年最終版 |
|---|---|---|
| 作品見出し | Von den Wichtelmännern | Die Wichtelmänner |
| 最初の話の見出し | 靴屋の仕事をしてくれる小人の話として個別の説明がある | 「Erstes Märchen(第一の話)」として掲載 |
| 靴屋の最初の事情 | 残りの革は靴1足分だけと述べる | 靴屋自身の落ち度ではなく貧しくなった、と明記する |
| 小人への贈り物 | 妻が服、夫が靴を作る | 同じ大筋で、細かな描写が増える |
| 結末 | 2人は踊って出ていき、帰ってこない | 同じ結末に、以後も靴屋が幸せに暮らしたという説明が続く |
この表は、当サイトがドイツ語の両版を照合して要点を整理したものです。すべての語彙・句読法・伝本の異同を網羅した校訂表ではありません。
実は2話目も違う――「3日間」が現実の何年になるか
KHM39の2話目は、女中が小人たちから名付け親を頼まれ、山の中の小人たちの世界へ案内される物語です。女中はそこで3日間を過ごし、贈り物の金を持って帰ります。しかし家へ戻ると、本人が思っていたよりはるかに長い時間が過ぎていました。
この「過ぎた時間」は、版によって異なります。1812年初版では1年、1857年最終版では7年です。どちらも「本人にとっては3日なのに、外の世界では長い年月」という骨格は変わりません。
「グリム童話の原作では必ず7年だった」と断定すると、1812年版の記述を見落とします。逆に、現在読まれている多くの再話で7年となっていても、すべての版に同じ数字があるわけではありません。作品と版を指定することが、原典を調べる際に欠かせない理由です。
3話目は、靴屋の物語とは印象が違う
KHM39の3話目では、母親の赤ん坊が小人に取り替えられ、代わりに奇妙な存在がゆりかごに残されます。困った母親が隣人に相談し、卵の殻を使って水を沸かすと、その奇妙な存在が笑い、最後に元の赤ん坊が戻されるという筋です。
この物語に見える、乳児が別の存在に取り替えられるという考え方は、ヨーロッパの民間伝承に見られる取り替え子(Wechselbalg)のモチーフです。
ただし、伝承に出てくる「取り替え子」を実在する赤ん坊の病気や障害の原因だと説明するのは誤りです。かつての迷信を事実として扱ったり、子どもへの不適切な扱いを肯定したりしないためにも、伝承における筋書きと、現代の子どもの健康・福祉を明確に区別します。
『こびとのくつや』を明るいお礼の物語だとだけ記憶していると、同じ番号の作品に、異界での時間のずれや取り替え子を描く話まで収録されていることは意外でしょう。
「3つで1作品」だと分かると、何が変わるか
現在広く知られる靴屋の話と、残る2話は、毎回同じ登場人物の続編ではありません。3話に共通するのは、小人たちという超自然的な存在が人間の暮らしと接することです。
最初の話では小人が見返りを約束せず助け、2話目では人が小人の世界へ入って通常とは異なる時間を過ごし、3話目では小人の行為が人間の家族の不安と結びつきます。同じ存在が登場しても、助ける存在・不思議な存在・恐ろしい存在と、役割は大きく違います。
これは、民話の世界における超自然的存在が、現代のキャラクター商品のように一貫した性格設定だけで描かれているわけではないことを考える手掛かりになります。
「努力すれば必ず報われる」という教訓なのか
靴屋は革を裁断しているので、何もせず眠っているだけで富が降ってきた、という話ではありません。一方、靴を仕上げているのは小人たちです。仕事の成果を自分だけの手柄にしないという読み方もできます。
靴屋夫婦が感謝して服を用意したことは本文にあります。しかし、良いことをすれば誰かが必ず報いてくれるとか、誰かに服を贈れば必ず幸運が続くという普遍的な因果関係は示されていません。
童話を仕事に当てはめるなら、支援してくれた人の存在に気づき、感謝を表すことについて考えられます。ただし、無償での労働を当然視することや、正当な報酬の代わりに感謝だけを求めることまで正当化しないようにしたいものです。
子どもと読むときに考えられる問い
- 靴屋はなぜ、小人の存在に気づくまで仕事がうまくいっていたのだろうか。
- 小人たちは、何を受け取ると喜んだのだろうか。
- 小人が去った後も靴屋が幸せだったのは、どこまで本文で説明されているだろうか。
- 最初の話と、2話目・3話目では小人の印象がどう違うだろうか。
- 1812年版で1年、1857年版で7年になったことは、読み手にどんな印象の違いを与えるだろうか。
この問いは、親子で作品を考えるための当サイトの編集提案です。特定の教育的効果が原典に記されているわけではありません。
ほかのグリム童話・昔話との読み比べ
『ブレーメンの音楽隊』では、年老いた動物たちが新しい暮らしを見つけます。靴屋の物語でも、困窮から新しい生活へ変わっていくという点は近いものの、一方は小人の助け、もう一方は動物たち自身の協力が物語を動かします。
『三匹の子ぶた』は、家や暮らしをどう守るかという別の視点で読めます。ただし、原典・編纂者・時代が異なり、同じグリム童話としてまとめるべきではありません。
原典・参考資料と確認の限界
- グリム兄弟『Von den Wichtelmännern』(1812年初版、KHM39):3話の構成、靴屋の結末、2話目で「3日が1年」の記述を確認。
- グリム兄弟『Die Wichtelmänner』(1819年第2版):改訂の中間に当たる刊行本文。初版と最終版が唯一の2種類ではないことを確認。
- グリム兄弟『Die Wichtelmänner』(1857年第7版):3話の構成、靴屋の歌と結末、2話目で「3日が7年」の記述を確認。
- ドイツ語Wikisource「Die Wichtelmänner」版一覧:1812年から1857年までの複数の刊行版への案内。
- 権利と限界:本記事はドイツ語の古い刊行本文を読み、当サイトで日本語のあらすじ・解説を書き起こしたものです。現在刊行されている日本語の絵本・翻訳本文や挿絵を転載していません。グリム兄弟以前のすべての口承を調査したものでもありません。
『こびとのくつや』の1話目は、小さな支援への感謝を描いた優しい話です。しかしKHM39全体を開くと、その小人たちは、異なる時間の流れる世界にも、母親の不安を描く物語にも現れます。原典の「1つの作品番号」が、必ずしも現在の児童書の「1つの話」と同じではないことに気づくと、子どものころに読んだ童話に、もう一つの奥行きが生まれます。
ほかのグリム童話や寓話を探す場合は、童話・寓話の総合案内も参照してください。