ロバ、イヌ、ネコ、オンドリが力を合わせる『ブレーメンの音楽隊』。4匹が楽器を演奏しながらブレーメンの町へ向かう、にぎやかな物語として覚えている人もいるかもしれません。ところが、グリム兄弟の『子どもと家庭のメルヒェン集』に収められた本文を読むと、4匹はブレーメンに着きません。それでも物語は幸せな結末を迎えます。
では、なぜ音楽隊になろうとしたのか。なぜ目的地に到着せず満足できたのか。今回は1819年の第2版と1857年の第7版のドイツ語本文を確認し、物語の筋、版ごとの違い、現代の読み方を整理します。
『ブレーメンの音楽隊』とはどんな物語か
『ブレーメンの音楽隊』のドイツ語題名はDie Bremer Stadtmusikanten。グリム兄弟の『Kinder- und Hausmärchen(子どもと家庭のメルヒェン集)』に収録された昔話で、1857年版ではKHM 27として掲載されています。
ロバ、猟犬、ネコ、オンドリという4匹が、年を取り、以前のように働けなくなったことなどから、それぞれの飼い主のもとを逃れて旅を始めます。ロバが提案するのは、ブレーメンで町の音楽家になること。
ただし、グリム兄弟が近代に突然すべてを創作した完全なオリジナルの童話、と単純化することも適切ではありません。編集された民話には複数の伝承や版があり、現在確認できる収録本文と、さらに古い口承の歴史は分ける必要があります。
あらすじ①:役に立たなくなったと見なされた4匹が出会う
最初に登場するロバは、長年重い袋を運んで働いてきました。しかし力が衰え、飼い主が餌を与え続けることを惜しむようになったため、その場を離れ、ブレーメンで音楽家になるつもりで歩き始めます。
道中では、狩りに役立たなくなり飼い主に殺されそうになったイヌ、年老いてネズミを追いかけにくくなり命を狙われたネコ、翌日の食卓のために殺される予定だったオンドリと出会います。
4匹に共通するのは、年齢や役割の変化によって、それまで居た場所で安心して生きられなくなったことです。だからロバは、相手を「もう役に立たない」と判断するのではなく、一緒に別の場所へ進むことを勧めます。
もっとも、本文に「多様性経営」や「セカンドキャリア」という現代の言葉が登場するわけではありません。これらは物語を現在の社会から読み直す場合の論点です。
あらすじ②:森で盗賊の家を見つける
一日ではブレーメンまで行けず、4匹は森で夜を過ごそうとします。オンドリが遠くの光に気づき、明かりを頼りに進むと、食べ物と飲み物を並べた家が見つかります。しかし、そこには盗賊たちが座っています。
4匹は、窓の外でロバの上にイヌ、その上にネコ、さらにオンドリが乗る形を作り、一斉に声を出します。ロバは鳴き、イヌは吠え、ネコは鳴き、オンドリは時を告げる声を上げました。
そして窓から家の中へなだれ込むと、盗賊たちは恐ろしい化け物が現れたと思い込み、逃げてしまいます。4匹は残った食べ物を分け合い、それぞれ落ち着く場所で眠ります。
ここで物語に描かれる「音楽」は、町で開いた演奏会の成功ではなく、4匹が同時に出した異なる鳴き声です。
あらすじ③:戻ってきた盗賊は何を見たのか
真夜中を過ぎ、家に灯りが見えなくなったため、盗賊の一人が様子を見に戻ります。暗い室内で彼が火だと思って近づいたのは、ネコの光る目でした。
ネコに顔を引っかかれ、逃げようとした先ではイヌに脚をかまれ、庭ではロバに蹴られ、さらにオンドリの声が響きます。
盗賊は仲間のもとへ戻り、家には恐ろしい魔女や、刃物を持った男、棍棒を持つ怪物、裁判官がいたと報告します。しかし読者は、これらの正体が4匹の動物であることを知っています。
この場面のおもしろさは、同じ出来事を見ても、盗賊がまったく別のものとして解釈してしまうところにもあります。暗がりと驚きが重なり、相手の正体を確かめる余裕を失ったのです。
結末:4匹はブレーメンに到着したのか
結末では、盗賊たちはその家に再び近づかなくなります。そして4匹は森の家をたいへん気に入り、そのままそこで暮らすことを選びます。
1857年版の原文では、盗賊たちが戻らず、4匹も家から出ようとしなかったことが明確に書かれています。1819年版にも、同じ結末が確認できます。
つまり、ブレーメンへの到着も、正式な町の音楽隊への採用も、今回確認した両版の本文には描かれていません。 目指していた町へ到達しなくても、新しい居場所を見つけたところで物語は終わります。
「ブレーメンに行くこと」を絶対の目標と考える読者には意外な結末ですが、4匹がそもそも何を求めて旅に出たのかを振り返ると、この終わり方の意味が変わって見えるかもしれません。
1819年版と1857年版の違い
グリム兄弟の『子どもと家庭のメルヒェン集』は、刊行後にも改訂が重ねられました。1819年刊の第2版と、1857年刊の第7版では、同じ4匹が旅をして盗賊を驚かせ、森の家にとどまるという大筋は共通しています。
一方で、楽器に関する具体的な説明など、語りの細部には差があります。1857年版でロバは、自分はリュートを弾き、イヌは太鼓を担当すればよいと提案しますが、1819年版の同じ場面は、ブレーメンで音楽家になろうと誘う短い文章です。
| 比較項目 | 1819年刊・第2版 | 1857年刊・第7版 |
|---|---|---|
| 収録 | 『Kinder- und Hausmärchen』にKHM 27として収録 | 同作品の改訂された第7版 |
| ロバによる音楽家への誘い | ブレーメンで町の音楽家になろうと誘う | リュートと太鼓という担当楽器の例を挙げる |
| 家から盗賊を追い出す方法 | 動物が重なり、一斉に鳴いて飛び込む | 同じ大筋をより細かい語りで描く |
| 最後の居場所 | ブレーメンではなく森の家に残る | 同じく森の家に残る |
この表は本文を実際に確認できた部分の比較です。両版のすべての語句、方言、句読法、挿絵や口承の異版まで照合した結果ではありません。
なお、グリム研究で公開された版の比較資料によれば、この作品の『子どもと家庭のメルヒェン集』への初収録は1819年です。1812年刊の初版から同じKHM 27として収録されていた、と説明すると不正確になります。
なぜ「音楽隊」なのに町へ行かないのか
4匹が旅を始めたとき、ブレーメンで町の音楽家になるという計画は、元の飼い主のもとを離れた後の新しい生き方の可能性でした。
ところが途中で、食べ物と寝場所を得られる家を見つけます。盗賊が戻らないと分かると、4匹にとってその場所は、当初の計画とは違うけれど安心して暮らせる居場所になりました。
そこから、当初の目標と、目標を掲げた本当の目的は同じとは限らない、という読み方ができます。もし本当の目的が安全に暮らせる場所を得ることなら、別の方法でそれが実現したと考える余地があります。
これは当サイトによる現代的な解釈です。グリム兄弟が「柔軟な目標設定」の理論を寓話として書いたと主張するものではありません。
年老いた動物たちが協力することの意味
4匹は同じ種類でもなく、同じ能力を持っているわけでもありません。ロバは体が大きく、イヌは吠え、ネコは爪を持ち、オンドリは遠くまで声が響きます。物語では、それぞれの特徴が一緒に使われることで盗賊を驚かせます。
一匹では難しかったことが、異なる特徴を持つ仲間となら可能になるという構成です。ただし、一人一人の能力を計算し、協力すれば常に成功すると実証した記録ではありません。昔話の筋の中で描かれた出来事です。
また、飼い主が役割を果たせなくなった動物を生かす価値がないと考えているところから、物語が始まることにも注意が必要です。「役に立つかどうか」だけで存在の価値を測ることへの問いを読み取ることもできます。
盗賊から家を奪うことは無条件に正しいのか
4匹は森の家を見つけると、そこにいた盗賊を驚かせて追い出し、後に家を住まいとします。読者は4匹を応援しやすいものの、物語の出来事をそのまま現代の倫理や法的な正当性へ置き換えることはできません。
例えば「困っている者は他人の家を奪ってよい」という教訓が本文に書かれているわけではありません。民話では登場人物を「盗賊」として描くことで、主人公が居場所を得る筋を進めていますが、それとは別に現在の社会制度でどう行動すべきかを考える必要があります。
原典の筋を事実として伝えることと、その行動を現代の生活で勧めることを分けるのが、昔話を読むうえでの誠実な姿勢でしょう。
子どもと一緒に読むなら、どんな問いが生まれるか
- ロバ、イヌ、ネコ、オンドリは、それぞれなぜ元の家を離れたのか。
- ロバはなぜ、出会った動物に一緒に行こうと誘ったのか。
- 4匹が立てた最初の計画と、実際の結末はどう違うか。
- 盗賊がネコやイヌを魔女や人間と勘違いしたのはなぜか。
- 4匹がブレーメンへ行かなかったことを、失敗と呼ぶべきだろうか。
これらは当サイトが考えた対話のための質問です。グリム兄弟の本文に、この形の設問や現代的な心理学・教育の効果が記されているわけではありません。
ほかの物語と読み比べる
『三匹の子ぶた』も家や生活の安全が大切な物語ですが、材料や家づくりを中心に展開します。一方、ブレーメンの音楽隊では、年老いた4匹が新しい住みかを得るまでの道のりが中心です。
『ライオンとネズミ』は、立場の違う動物が相手を助ける寓話です。『ブレーメンの音楽隊』とは物語の出典も構成も異なりますが、それぞれの力の違いをどう捉えるかという点で読み比べられます。
原典・参考資料と確認範囲
- グリム兄弟『Die Bremer Stadtmusikanten』(1819年、第2版):4匹の出会い、盗賊の家、ブレーメンに着かず家に残る結末を確認。1819年刊のページ141〜145。
- グリム兄弟『Die Bremer Stadtmusikanten』(1857年、第7版):楽器の具体的な説明、物語の構成、最終版の結末を確認。1857年刊のページ145〜148。
- University of Pittsburgh・D. L. Ashlimanによる英訳「The Bremen Town Musicians」:ドイツ語原文と筋を照らすための補助資料。現代日本語訳として流用していない。
- Bolte・Polívkaによるグリム童話の注釈:1819年収録と異なる口承・再話が存在することを確認。
- 『Die Bremer Stadtmusikanten』刊行版比較資料:1819〜1857年の収録版と版の違いを確認。
- 限界と権利:すべての伝承の最古の形やグリム兄弟以前の口承史を確定したものではありません。あらすじと考察は当サイトの独自文章で、現代日本語の児童書・絵本の翻訳文や挿絵は転載していません。
『ブレーメンの音楽隊』が興味深いのは、町の音楽隊になるという当初の計画が実現しなくても、4匹が自分たちの居場所を見つけることです。かつての役割を失った者同士が出会い、自分たちの特徴を生かして新たな暮らしを始める。その結末を1819年版と1857年版で確かめると、幼いころに聞いた印象とは別の物語が見えてきます。
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